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長崎家庭裁判所佐世保支部 昭和43年(少)420号 決定 1968年6月04日

少年 K・S(昭二三・七・六生)

主文

本件につき少年を保護処分に付さない。

理由

(罪となるべき事実)

少年は自動車運転の業務に従事しているものであるが、昭和四三年○月○○日午前一一時五〇分頃、普通乗用自動車(長崎○な○○○○)を運転して佐世保市○○町○番地先道路を三浦町方向から前畑町方向へ向つて時速約四〇キロメートルで進行中、自動車運転者として常に進路前方を注視して先行車などの動静に注意し追突事故などの事故発生を未然に防止すべき業務上必要な注意義務があるのにこれを怠り、考えごとをしながら漫然と従前と同一速度で進行したため、折から自車進路前方を同一方向へ進行中の○川○義(三三歳)の運転する普通乗用自動車が前方の交差点で左折しようとして左折の合図をしながら減速して進行しているのを彼我の距離が約七・二メートルに接近してはじめて発見し、あわてて急制動をかけるとともにハンドルを左に切つて追突事故を避けようとしたが間に合わず、自車右前部を前記先行車の左後部に衝突させ、よつて、右衝撃により前記○川○義に対し治療二日間を要する頸部捻挫の傷害を与えたものである。

(適条)

刑法第二一一条前段

(不処分理由)

本件は当裁判所において昭和四三年四月四日少年法第二〇条による検察官送致決定をなしたとこら、検察官から別紙のとおりの理由を付して少年法第四五条第五号但書に基いて再送致されたものである。

よつて先ず検察官主張の諸点について検討する。

一、検察官の第一点における主張は要するに本件事故発生については少年よりも被害者の過失が大であるというにある。

検察官はその理由として被害者は左折するに際して「道路左側端から約二・〇五メートルも離れた左側道路の中央からいきなり徐行もせずに時速約一五キロメートルで左折し始めたものであり、後続車が自車の左側を通過するかも知れないことが当然予測されるから後方を注視して安全を確認すべきであつたのにこれを怠つた過失がある」と主張する。検察官の右主張を是認するためには○川が少年の進路を妨害したか否かを検討しなければならない。そして右進路妨害が成立するためには、○川運転の自動車(以下○川車という)と少年運転の自動車(以下少年車という)の進路関係は○川車の左側方又は左側後方を少年車が進行していたという事実関係になければならない(道路交通法第二六条第二項参照)。

よつて、証拠によつて右関係を検討してみよう。

○川○義、○田○吉の司法警察員に対する各供述調書、司法警察員作成の実況見分調書、証人○川○義の証言、少年の司法警察員に対する供述調書、少年の検察官に対する供述調書、少年の当審判廷における供述を総合すれば本件事故現場は三浦町から前畑に通じる片側の幅員が四・五メートルのコンクリート舗装道路であつて、両脇には歩道があり事故現場附近は直線で見とおしは良好であるが三浦町方向に向つて競輪場でカーブしていること、○川○義は右道路を三浦町方向から前畑方向に向けて○川車(ダットサン、車幅約一・五メートル)を運転して、道路左側のほぼ中央(従つて、自車の左側線から道路左端までは約一・五メートル、同じく右側線からセンターラインまでもほぼ同距離)を時速約四〇キロメートルで進行してきたが、事故現場附近から南方へ通じる非舗装の幅員三・五メートルの道路へ左折する予定にしていたので、右交差点の手前二五ないし三〇メートルの地点で左折の合図をはじめるとともに速度を時速約三〇キロメートルに落し、さらに減速しながら進行し、左折していく道路幅員が狭いことから、やや進路を右にとつて右にふくらんだ後、ハンドルを左に切つて左折しようとして自車が交差点の手前約四メートルの地点に達し、自車の左側線が道路左端から約二・〇五メートルとなつたとき後方から進行してきた少年車の右前部か自車の左後部に衝突し、両車はすりあうような形で並進して停止したこと、○川○義は前記減速をはじめた地点の手前の前記競輪場附近のカーブを通過する際相当後方に少年運転の車が自車と同一方向に進行したことは発見していたが、その後は本件事故が発生するまで少年の車の動向は確めなかつたこと、少年は少年車(トヨエースマイクロバス車幅約一・七メートル)の助手席に○田○吉を同乗させて前記道路のほぼ中央(従つて、少年車の左側線から道路左端までの距離は約一・〇四メートル、同じく右側線からセンターラインまでの距離は約一・四メートルとなる。この事実は少年車のスリップ痕が道路左端から中央へ一・二メートルの地点からはじまつていること、および後記認定の少年は危険を感じるまでは特に進路変更をしたことはなかつたが、危険を感じた後は直ちにハンドルを左に切るとともに急制動をかけた事実に制動措置後のいわゆる空走距離があつたことをあわせ考えると疑問の余地がないと認められる)を時速約四〇キロメートルで○川車と同一方向に進行し、後に危険を感じて急制動措置をとつた地点の相当手前から先行する○川車を発見していたが、仕事のことなどの考えごとをしていたため、前記のように○川車が左折の合図をなし、減速をはじめたため両車の距離がせばまつていくのに気付かないで従前の進路と速度のままで運転を続け、彼我の距離が約七・二メートルとなり、彼我の速度道路上の位置関係などから追突の危険を生じるにいたつてから、助手席の○田に「危い」と声をかけられ、自らも危険を感じ急ブレーキをかけるとともにハンドルを左に切つて○川車との衝突を避けようとしたが、間に合わず前記のような衝突事故にいたつたこと、以上の事実を認めることができる。

右認定事実によれば○川車と少年車はほとんど同一進路を進行していたか、少年車の方がやや左側を進行していたに過ぎないことが認められるのであつて、かかる場合、後車たる少年車側で前車との車間距離を安全に保つことによつて両車の衝突事故を避けるようにしなければならないことはいうまでもない(道路交通法第二六条第一項参照)。さらに右認定の本件道路幅員からみると、自動車(二輪車は別論とする)が二台以上並進することは困難であり、自動車は一列になつて進行しているのが常態であると推認できるほか、左側追越しは道路交通法第二八条第一項によつて禁止されているところであるから、○川は自車の左側を後方から進行してくる他の自動車(二輪車は別論とする)があることに備えてその安全確認義務を負つているとは原則としていえないものといわざるを得ない。少年が右認定のような道路条件のもとで○川車の左側方が二メートル内外の余地しかないのに車幅が一・七メートルもある自車を進行させるとすれば、これこそ道路条件を無視し、法規を犯した無謀運転以外の何ものでもないといわなければならない。○川が本件事故を避けるためには増速して少年車との距離を広くするようにするか、進路を右にとつて左側を少年車に追越させるように配慮するか、警音器を吹鳴して少年車に対し注意を喚起するなどの方法が考えられるが、かかる措置をとる義務を○川が負つていたとは到底考えられない。

なお、付言すれば司法警察員作成の実況見分調書によれば、少年が危険を感じて急ブレーキをかけ、○川の車に接触するまで、九・一メートル進行しているに対し、○川車は右同時間内に一・八五メートル位しか進行していないことが認められる。少年車は右危険を感じた地点まで時速約四〇キロメートルで進行してきたというのであるから、これを前提とすれば右九・一メートルの間は制動が効いている間も含まれているから少なくとも時速四〇キロメートル以下に減速されているものと推認されるが、仮に時速四〇キロメートルとすれば、○川車は時速約八キロメートルであつたこととなり、前者が三〇キロメートルなら後者は六キロメートルとなる。しかして、○川が右以前において急制動を用いて減速したと認めるに足る証拠はなく(少年車は一一・七メートルのスリップ痕を残しているに反し、○川車はスリップ痕を残していない)、かえつて、前記認定のように左折道路との手前約二五ないし三〇メートルの地点から時速三〇キロメートル位に減速し、さらに三〇キロメートル以下に減速を続けていたのであるから、仮に右三〇キロに減速した地点から少年が危険を感じたときの○川車の進行地点までを二〇メートルとし、その間の平均時速を二〇キロメートルとすれば、右区間を進行するのに○川の車は約三・六秒を要したことになる。そして、○川車が減速を開始した時点における少年車の位置は少年車の速度を時速四〇キロメートルとすれば、少年が危険を感じた地点から約四〇メートル後方にいたことになり、その時点においては少年車の前方約二七メートルの地点を○川車は左折の合図をはじめるとともに減速をはじめたことになる。この時点において、少年が、○川車の減速および左折の合図に気付き、自らも減速すれば、容易に事故を防げた筈である。この時点以後においても彼我の距離は徐々に縮つてはいたがなお相当の時間は、○川車との衝突を避ける余地が充分残つていたと考えられる。しかるに彼我の距離が約七・二メートルになつてはじめて危険を感じたのであるが、当時は前記のように○川車の速度は時速一〇キロ以下の六ないし八キロメートル程度になつていたものである。このような事実関係のもとで、本件事故の発生について○川の過失を論じることは極めて困難といわざるを得ない。もちろん衝突当時および衝突後の両車の位置関係をみるとあたかも○川車が少年の進路を妨害したかのような外観を呈してはいるが、これは少年において危険を感じてからハンドルを左に切つたことと、少年車の方が高速であつた結果にほかならないものであつて、この事実をもつて○川の過失と認定することはできない。

検察官は○川が左折するに際し、もう少し道路左端に寄るべきであつたと主張し、当裁判所も○川は実際の進路より今少し左に寄つて進行しても左折できたと認めるけれども、その範囲は内輪差を考慮すれば一メートル位であり、仮に○川が現実に進行した位置より一メートル左に寄つて進行した場合、本件事故が防止できたかについて考察するに少年は考え事をしていたため、○川車を視野にとらえながら彼我の距離が縮つてきたこと、○川の車が左折の合図をしていることなどに気付かないでいたのであるから甚だ疑問といわざるを得ない。この場合はかえつて○川車にまともに追突して大事故になるか、仮に首尾よく右側へ進路を変えられたとしても道路幅員、車幅の関係から必然的にセンターラインを大きくはみだすことになり、今度は対向車との正面衝突などの危険が大である。さらに○川車の速度について、検察官は○川は徐行していなかつたと主張するようであるが前記認定のように○川車は衝突直前は時速六ないし八キロメートル程度となつていたものであり、それ以前において急激に減速したと認められる証拠のないことは既に述べたとおりである。徐行の意義については、直ちに停車できる速度と規定されているのみで具体的には時速何キロメートルと規定されたものはないが、道路状況その他から具体的事案に即して決すべきところ、そもそも徐行が義務付けられる趣旨は概して自車の前方ないしは側方から進行してくる車輛や歩行者との接触事故などに備えてのことであつて、後方からの車輛に対する関係が重要であるとは解し難い。これを本件についてみれば、○川の車の速度がおそければそれだけ事故も大きくなる関係にあつたことは明らかであり、○川が前記認定のような速度で進行したことをもつて本件事故についての重大な過失とは到底認め難い。

以上のとおりであるから、本件事故発生につき、被害者○川○義の過失はこれが認められるにしても極めて軽いものであり、少年のそれよりも大であるとは到底認めることができない。

次に検察官のかかげる第二ないし第四点は当裁判所が前回送致のときに検討ずみであつて特に前回送致のときと事情の変更は認められない。

第五点については、成人の刑事事件については検察官が起訴、不起訴を決定する現行制度のもとでは特に言及することはないが、当裁判所が本件事故は少年の一方的過失によつて発生したものであるとの判断をしていることは前記のとおりである。

二、次に少年の道路交通法違反歴、保護歴などを検討するに、少年は

(1)  昭和四二年一月○○日原動機付自転車による速度違反(一〇キロ超過)

(2)  同年六月○日軽二輪自動車による速度違反(一三キロ超過)

(3)  同年七月○○日軽二輪自動車による速度違反(一五・三キロ超過)

(4)  本件

(5)  同四三年三月○日普通貨物自動車による速度違反(一三キロ超過)

(6)  同年四月○○日自動二輪車による信号無視、同年五月七日検察官送致

の違反があり、右(1)ないし(3)の違反については、保護的措置をとつたうえ、(1)は不開始、(2)、(3)は不処分となつているものであり、本件は右(5)の事件とともに検察官送致されていたものである。

なお、少年は(3)については三〇日(二日に短縮)、本件については八〇日(四五日に短縮)の各運転免許停止処分を受けている。しかして前回本件と同日付で検察官送致された(5)の速度違反については罰金六、〇〇〇円に処せられているのであるが、右速度違反と本件の関係についてみるに、その法定刑は本件の方がはるかに重く、道路交通法がその第一条で明らかにしているように、最高速度遵守など同法において規定されている各種の禁止規定はいずれも本件のような道路上における人身事故、物損事故などの防止を目的として、これに奉仕することを主な目的としているものであり、かかる見地からすれば、業務上過失致死傷罪の方が道路交通法違反罪よりも原則として罪質は重く、被害が重大でなく、被害弁償がなされているとしても、前記認定のような過失によつて生じた本件においては刑罰権行使の場合も無視できないものというべきである。

三、以上のとおりであるから、少年の年齢が一九歳を越えていることなどを考えると当裁判所は本件についてはなお少年を刑事処分に付する(その量刑については刑事裁判所の専権に属することであるから言及しない)のを相当と認めた前回の判断を変更する必要を認め難いのであるが、家庭裁判所と検察官の判断の相違によつて手続が遅延していることは少年にとつて非常に不利益なことであることを考慮するとともに、少年は警察官、検察官に対する供述、当裁判所審判廷における供述を通じ、一貫して自己の非を認め、いやしくも被害者○川の過失によつて本件事故が発生したなどの弁解はしていないし、当審判廷においても十分反省して将来の安全運転を誓つていることを斟酌し、敢えて再度の検察官送致はしないこととし、保護処分の必要も認め難いので少年法第二三条第二項によつて主文のとおり決定する。

(裁判官 梶本俊明)

別紙

本件逆送を受けたのちさらに捜査を尽した結果本件は左記理由により不処分相当と思料されるので、少年法四五条五号但書に基づき再送致する次第である。

一、被害者側に重大な過失がある。

本件は被疑者が普通乗用自動車を運転進行中、前方を同方向へ進行している被害者運転の普通乗用自動車の動静注視を怠つたため、同車が左折しかけているのを気付くのが遅れ、その左後部に衝突傷害した事案であるところ、被害者側においても、左折を開始するに際し、あらかじめその前方からできる限り道路の左側に寄り、かつ、徐行しなければならぬ(道路交通法第三四条一項)のをこれを怠り、歩道端より約二・〇五メートルも離れた左側道路の中央からいきなり徐行もせずに時速約十五キロメートルで左折し始めたものであり、このような左折方法を執るなら被害者側においても自車の左側を後続して来る車輛があるかも知れぬことは当然予測できるので、後方を注視して安全を確認すべき注意義務があつたのに、之を怠り漫然左折し始めた非がある。

これは被疑者の過失に比し軽いどころか、より重大であるとも謂えるところである。

二、被害者の負傷の程度も軽い。

診断書の記載は、五日間の治療必要となつているが、被害者からの貴所宛回答によれば、事実は通院二日で済んでいる。

三、示談を遂げ、被害者側においても被疑者の処罰を望んでいない。

四、被疑者には交通違反の前歴あるも前科なく、特に人身事故は本件が初めてである。

五、成人にかかるこの種事犯の処分例に対比するとき、本件少年に対する刑事処分は酷に失する嫌がある。(これまでの刑事裁判実績に照らすとき、たとえ同種前科数犯ありとする前提に立つても、多く起訴猶予処分に付されるのを通例とする)。

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